1990年生まれ千葉県出身。フリーランスのライター・編集者。とうもろこしと大学いもとものづくりが好き。最近はレーザーカッターを使ったアクセサリーをつくるのが楽しい。
2024.09.10
映画やドラマのアクションシーンで演技指導、スタントなどを行うスタントパフォーマー。シーンの臨場感を底上げし、作品のクオリティを上げるためにはなくてはならない存在です。今回お迎えした伊澤彩織さんもその一人。日本で活躍する数少ない女性のスタントパフォーマーとして知られ、最近では「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの主演を務めるなど、俳優としても精力的に活動しています。そんな伊澤さんに、アクションにかける思いや、心身の整え方、そしてシリーズ最新作「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」の見どころについて伺いました。
伊澤 彩織
1994年2月16日生まれ、埼玉県出身。日本大学芸術学部卒業。スタントパフォーマーとして映画「るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning」「ジョン・ウィック:コンセクセンス」など数々の作品に携わる。俳優としても「ある用務員」「オカムロさん」などに出演。自身が主役を務める「ベイビーわるきゅーれ」は映画最新作と連続ドラマの放送が決定している。24年7月に発売されたゲーム「祇:Path of the Goddess」ではアクションコーディネーターを担当するなど、幅広く活動中。
30代になり筋肉だけで頑張らない練習の必要性を痛感する日々
── 日本大学芸術学部で映像を専攻したことをきっかけに、アクション部に足を踏み入れた伊澤さん。学生時代から映画制作の現場に出られていたとか。
伊澤:そうですね。人手不足なのもあって、当時から現場には良く手伝いに行かせてもらっていました。高校生の頃から、映画制作の現場で仕事したいとはずっと思っていて。撮影部や制作部、メイキングなどの部署も経験して、結果アクション部にはまっていきました。アクションシーンのカメラアングルを探ったり、プレビズ(※)用の小道具を制作するのが楽しくて。
※ 想定する完成イメージの映像を作成すること
── 徐々にアクション部に興味を持ち始めた。
伊澤:はい。現場に出る場数を増やしたくてそれ以降は体操やミット打ちなど基礎技の精度を上げる練習を積み重ねました。対人の練習も重要なので、色んな人とアクションの立ち回りをしたり、武器の練習をしたり。
── そういった練習を現在にいたるまで積み重ねているんですね。
伊澤:そうですね。ただここ最近は筋肉だけで頑張らない練習も必要だと感じています。というのも30代になった今、20代と同じ動き方をしていたら怪我するな、と気付いて。実際去年はすごく多かったんですよ。小さい怪我から太ももの肉離れや靭帯損傷まで。腰も痛めて、身体の連動に違和感が生じてきた。練習から力任せにやらないよう意識して、自分と会話する時間を設けないとどんどん身体は壊れていくな、と感じています。
身体には入念なセルフケアを、心には日常を取り戻すための時間を
── 身体が資本の伊澤さんのお仕事。日々どうやってコンディションを整えいるのでしょう。
伊澤:撮影に入ると自分でケアするしかないので、いろんなグッズを持っています。例えば、ワイヤレスの低周波治療器。整体で電気を流す施術が自宅でもできるアイテムですね。2個持ってるんですけど、身体のいろんな部位に貼ってます。あとは、いぼいぼが付いたマッサージボール。ボールを腰にあてて寝転んだり、ももに挟んで開脚ストレッチをしたり。地方で撮影があるときも、これだったら持ち歩けるので重宝しています。
── このスティックはアロマですか?
伊澤:ロールオンタイプのネイルオイルです。映画「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」の撮影で一緒になったカナダ人のスタントパフォーマーに教えてもらったんですけど、両手のひらにオイルで円を書いて擦り合わせた後、鼻を覆って思いっきり息を吸い込むんです。それがすごく癒されて。言葉は通じなかったけどおまじないのようにリラックスできた。それから私もアロマが好きそうな人にやってあげたりしています。
── 心を癒すためにされてることはありますか?
伊澤:心を癒すのって身体を癒すより難しいですよね。いろいろ模索しているなかで、一度知り合いから寝た状態でヨガができるアプリを勧められて試してみたんです。身体の部位ごとに意識を集中させていくんですけど、あまりに体内を自覚しすぎて吐いちゃって(笑)
── ええ……!
伊澤:そう考えると、まだ最適解は見つかってないかもしれないです。現時点でやってるのは、撮影が終わった後に好きなだけ寝て、一日中見なくてもいい動画をだらだら身漁ること。そうすると、「日常に帰ってきた」という感覚になれるんです。あえて無駄を貪るというか。
── アクションを通して生死をかけて戦う、という非日常を生きてるわけですもんね。
伊澤:そうなんです。あとは心に余裕があると料理をします。この前も友達を呼んでおにぎりパーティをしました。いろんな材料買って、友達とひたすら握って。3種類くらいつくったんですけど、クリームチーズと生ハムを混ぜ込んだおにぎりが美味しかったですね。あとは最近出汁にハマってます。映画「るろうに剣心 最終章」の撮影中、身体のケアをするスポーツトレーナーが常駐してくれてたんですけど、テントでマッサージを受けると必ず一杯の出汁をくれるんです。撮影中の栄養不足を危惧してくれていて。それが体内にスーッと浸透していくような感覚で本当に美味しかった。今も自宅で真似して飲んでいます。
説得力のあるアクションには、立体的な見せ方・リズム・表情が重要
── アクションの魅せ方でこだわっていることはなんでしょうか。
伊澤:アクションって攻めより受けのお芝居が大変だと思っていて。特に攻撃を受けた後は整合性の取れた動きになるよう気を付けています。足が固定されて姿勢が整っていると面白くみえないので、わざとバランスを崩したり。当てられたパンチの方向や、威力を表現できるのは受け手の方なので、パントマイムでどれだけ反応できるかが重要になります。
── 違和感のない動きになるよう演出する。
伊澤:そうです。だからカメラマンさんとの意思疎通も重要になってきますね。最近はカメラマンさんも一緒に立ち回りをしている、みたいな感覚です。シーンを撮り終わったら必ずモニターチェックをして、力加減や攻撃を受けた後のリアクションを微調整したりもします。
── 説得力がアクションの迫力に繋がるんですね。
伊澤:あと先輩に教えてもらって意識しているのは「アクションは立体で見せろ」ということです。例えばパンチの避け方一つとっても真横に避けると平面的な見え方になっちゃうけど、斜め後ろや前に体を捻れば立体的に映る。さらに下半身を使って、空間を広く使うことも大切。身体と空間の両方を立体的に使えれば臨場感のあるアクションシーンになるんです。
── 観客を夢中にさせるアクションはロジカルにつくられているんですね。
伊澤:そうですね。ただ、最近は頭で考えすぎるばかりじゃなくて、楽器のセッションを楽しむ感覚でできたらいいなあとも思っています。アクションには強弱とリズムも大切だと感じていて、全ての動きが一定のリズムじゃ面白くないと思うんです。攻撃がくるって分かってたらすぐ避けられるけど、気付かなければ少しラグが生じますよね。それがリズムになる。それでどんどん音符を細かくしていく、イメージというか。
── 伊澤さんのアクションシーンはアクションの迫力はもちろん表情も印象的です。表情演技で意識していることはありますか?
伊澤:アクション映画を見る側に立ったとき、人体の躍動はもちろん凄いけど、目で語る表情や静止した構え方のほうが強く残っていたなという印象があって。段取りとして決まっている動きのなかでも、相手を煽るつもりで感情を乗せて行くことを考えています。
── 感情を乗せたアクション。
伊澤:喜怒哀楽の移り変わりも意識しています。例えば、最初は復讐のために戦わないといけない悲しさが強くても、戦っているうちに楽しくなっていくかもしれない。そういう感情の波が見れた方がアクションって面白いな、と思っています。
「ベイビーわるきゅーれ」の撮影はデスゲームに参加している感覚
── 「ベイビーわるきゅーれ」シリーズも今回で3作目となりましたが、1作目の頃と比較すると心境の変化などはありますか?
伊澤:人前に出ること自体には強くなったかなと感じます。以前までは、舞台挨拶などで大勢の前に立つと緊張で手や顎が震えてきて大変でした。それが場数を踏ませていただくことで慣れてきたかな、と。その一方で、「ベイビーわるきゅーれ」に関わり始めて出演者側の仕事が増えたことで、自分の軸足をどこに置いたらいいのか悩んだ時期もありました。正直、これからも同じペースで戦えるか分からない。だから「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」には自分のやれること全てを詰め込んだつもりです。
── 長時間の本格アクションに加えて主演として演技をやり遂げた裏には、並々ならぬ苦労があったんですね。
伊澤:「ベイビーわるきゅーれ」の撮影に入るときって、私にとってはデスゲームに参加する感覚なんです(笑)「ここまできたら、もうやるしかない」というモード。でもこの作品がすごいのは、キャストはもちろんスタッフも監督もこのデスゲームに賭けて参加してくれているところ。過酷なシーンも多いけど、全員が良い作品にしたいと思って前に向かっている。それが私の青春でもあって、すごく心強いんです。
── そんなキャスト・スタッフ・監督が団結して撮影に取り組んだ「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」。見どころを教えてください。
伊澤:今回、敵役を演じるのが池松壮亮さんなんです。演技もアクションも、とにかく迫力があって圧倒されましたね。アクション自体のボリュームも前作より増えていて見応えもあると思います。あとはロケ地にも注目してほしいですね。ちさと役の髙石あかりちゃんの地元が宮崎県ということもあって、地域の方々がたくさん協力してくれたんです。ぜひ聖地巡礼もしてほしい。
── 今作も引き続きファンを魅了する作品になりそうですね。
伊澤:ありがとうございます。「ベイビーわるきゅーれ」は公開以降、多くの人から愛される作品になって、遥か遠くの存在のようにも感じています。学生時代、バスターキートンや小津安二郎の過去の作品を観る授業があって、100年後も誰かの心に残り続けられる映画ってロマンがあるな、って感じていました。「ベイビーわるきゅーれ」も、もしかしたらそんな風に後世に残る作品になるかもしれない。そんな可能性を感じる作品に関われたことが私の誇りです。
Writer
いちじく舞